2023

09.08

Q.359 放蕩息子のたとえ話はイエスの愛を教えていますか。

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Q.質問



Q:ルカ15章の放蕩息子は私自身であり、父の愛と赦しにいのちを得ました。この話の中に、イエス様の贖いを探しています。どうかご教授ください。


A.回答



A:はじめに



これは、聖書の解釈法に直結した質問ですね。いつものように3つ申し上げます。



1番目に、ルカ15章には、3つのたとえ話が出てきます。



(1)良き羊飼いのたとえ話は、イエス・キリストの愛を描いています。



  ①いなくなった1匹の羊を探す羊飼いは、イエス・キリストです。



(2)銀貨をなくした婦人のたとえ話は、聖霊の愛を描いています。



  ①なくなった1枚の銀貨を探す婦人は、聖霊です。



(3)放蕩息子のたとえ話は、父なる神の愛を描いています。



  ①息子の帰還を喜ぶ父親は、父なる神です。



2番目に、聖書解釈のゴールは、著者の意図を発見することです。



(1)イエスの意図は、3つのたとえ話を通して、三位一体の神の愛を伝えることです。



(2)放蕩息子のたとえ話は、父なる神の愛を伝えています。



  ①それは、イエス・キリストの愛を描いたものではありません。



(3)放蕩息子のたとえ話の中に父なる神の愛を発見できたなら、そこで満足すべきです。



3番目に、著者が意図していないこと見つけようとするのは、間違いです。



(1)これは、「釈義」ではなく、「読み込み」です。



  ①この読み方では、神の御心を知ることはできません。



(2)それどころか、この読み方は、大変危険です。



  ①小さな誤解が、誤った教理を生み出します。



  ②誤った教理が、カルトを生み出します。



聖書は、著者の意図どおりに読む必要があります。