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2015

11.13

『最後の晩餐』が「最後」なワケ。

ルネサンス三大巨匠の一人、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」はイエスが十字架にかけられる前、弟子たちと共にした最後の食事を描いた巨大な壁画として有名です。

しかしながら、「弟子たちはこの日までイエスと共に3年間、いつも食事を共にしていたのに、これが最後だった・・・!」という理解では少し物足りないワケがあります。

『最後の晩餐』が「最後」なワケ。

1.この食事は、イエスが処刑される前に食べた最後の食事だった

イエスはこの食事の後、捕らえられ、翌日十字架刑に処せられました。

2.イエスご自身がこの食事が最後になると言われた

イエスはこの食事が「最後の晩餐」になることをご存知で、食事中にそのことを預言されました。

イエスは言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」(ルカの福音書22:16-17)

3.この食事は「最後の過越(すぎこし)の食事」だった

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この食事はただの夕食ではなく、ユダヤ人が春に祝う「過越の祭り」で食べる、「過越(すぎこし)の食事」で、英語ではPass Over Mealと言われます。イエスはこの「過越の祭り」の最中に十字架にかかりました。この晩餐はイエスが弟子たちと共にした「最後の過越の食事」なのです。

なぜこの食事は「過越し」と言われるのでしょう。これは【神】がユダヤ人をエジプトの奴隷生活から解放してくださったことを覚える食事で、奴隷時代の労苦や、出エジプトの喜びを思い出すための様々な食べ物が用意されます。映画「十戒」(1956)をご覧になった方は、ユダヤ人がエジプトを脱出する前日に、最後の災いが通り過ぎるのを待つ間、食事をしていたシーンを思い出すかもしれません。この日エジプト全土を襲った災いは、子羊の血を門の囲いに塗った家を通り過ぎました。この食事が過越(すぎこし)の食事と呼ばれるのは、【神】を恐れた者の家を災いがPass over(通り過ぎ)したことに由来しています。そして現代でも、ユダヤ人はこの伝統を大切にしています。

残念ながら、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はユダヤ的背景や伝統があまり描かれていませんので、ユダヤ人の文化を日頃あまり見ることのない日本人にとって、絵画を見ただけでこの食事と「過越の食事」を繋げることは難しいと思います。しかし、「過越の食事」について知識があると、イエスが食べた最後の食事が過越の食事だったというのは大きな意味を持つようになります。

4. イエスが過越の食事を成就されたので究極的な意味でこれが「最後の過越の食事」となった

ユダヤの祭りはそれぞれに預言的な意味があり、この春の「過越の祭り」と「過越の食事」は出エジプトを記念するだけでなく、メシアが民を救い出してくださることを待ち望む意味があります。その、メシアであるイエスが来られたので、「過越の食事」が預言的に表していたことが成就しました。出エジプトの際、子羊の血を家の門に塗った人々は、災いである死から免れ約束の地へと旅立つことができました。イエスの十字架上で流された血も、門に塗られた子羊の血と同じように、罪の報酬である死から自分を救う「あがないの血」だと信じ、イエスが死より復活したメシアだと信じる者は、イエスのように死から蘇り、約束の地でイエスと顔を合わせる特権が与えられるのです。過越の食事は、このメッセージを伝えるための祭りです。つまり、イエスをメシアとして受け入れた人にとってこの「最後の晩餐」は究極的な意味での「最後の過越の食事」となったのです

 

まとめ

最後の晩餐が「最後」である4つのワケ

  1. イエスが処刑される前の最後の食事だった
  2. イエスご自身がこの食事が最後になると食事中に預言された
  3. この食事はイエスがこの世で食べた最後の「過越の食事」だった
  4. メシアであるイエスが過越の食事を成就されたので究極的な意味で「最後の過越の食事」になった