マザー・テレサの言葉、「愛の反対は憎しみではなく無関心です」とは聖書にある言葉ですか?

マザー・テレサが愛の反対は憎しみではなく無関心ですと言ったのは有名な話です。
聖書の中でこの言葉を探したのですが見つかりません。これは聖書の言葉ですか?

この言葉はマザー・テレサの言葉で聖書の言葉ではありませんが、この言葉は聖書が伝えようとしていることの本質を捉えています。

マザー・テレサはインドのカルカッタで、貧困と病気で苦しんでいる人々に愛の手を差出しました。倒れている人に対して無関心でいることは人として悲しいことです。また、世界中に飢餓や病気で苦しんでいる人に対して無関心でいることも同じことなのかもしれません。マザー・テレサは、しいたげられた人々に愛の手を差し伸べることに人生を捧げ、世界中でその働きが知られるようになりました。

しかし、人に愛の手を差し伸べた側面だけでは、マザー・テレサが語った「愛」に関する理解はまだ不十分なのです。

マザー・テレサが従っていたイエス・キリストは次のような言葉を残しています。

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。(マタイ22:37〜39)

第一の戒めとされた「神を愛する」ということも同じように考えることができます。神に目を向けず、存在さえも認めない生き方は「神を愛さない」生き方となります。実は、神に無関心である姿勢自体が聖書でいう「罪」なのです。神を憎んでいないし、特別悪いこともしていないので自分は「罪」とは関係ないと思われがちですが、そうではないのです。聖書がいう「罪」の正反対の生き方が神を愛する生き方です。それは、天地を創造された聖書の神を神として認め、その方に顔を向けることです。

マザー・テレサもまた、イエスの言葉に従い、第一に神を愛し、そして、隣人を愛した人でした。

「私たちすべてが必要としているのは、祈ること、そして、他の人をもっと愛し始めることなのです」マザー・テレサ

神を愛し、人を愛する生き方

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