しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

紀元55年頃のローマ世界

使徒パウロ

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。(Ⅰコリント15:20〜22)

これは、使徒パウロがコリントの教会に宛てて書いた手紙の一節です。コリントの教会は、パウロが大変な苦労をしながら伝道旅行をし、その中で生まれた教会のひとつでした。パウロがコリントの人々に最も大切なこととして伝えたのは、「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと」(Ⅰコリント15:3〜4)でした。キリストの死と葬りと復活の3つを信じること、これが福音の三要素です。

ところが、コリントの教会の中に、「死者の復活はない」と主張する人々が出てきました。パウロはこの手紙の15:12〜19で、復活否定論に反論しています。その論点を要約するなら、次の2点です。

ひとつは、キリストの復活を信じることは、信仰の実質です。キリストの復活を信じる人は、もはや自分の罪の中にいない、と約束されているからです。ふたつは、罪の問題が解決された人に用意されているのは、死者の復活です。それは、神の国に入るためです。神の国とは、キリストが地上に戻り、キリストが王となって支配する平和と正義の国です。この世の次に来る世(時代)です。キリストを信じる者は、死者の中からよみがえって、神の国の民となるという希望を持つ者です。

ここで、キリストの復活は、「初穂」という表現がされています。初穂とは、収穫を刈り入れるときの最初の束です。初穂があるということは、その後に続く大量の収穫があるということです。キリストの復活を初穂として、後に続いて多くの者が復活するということを表しています。

なぜ、キリストに続いて多くの者が復活するといえるのでしょうか。パウロはここで驚くべき神の知恵を明らかにしています。旧約聖書の創世記によれば、人が罪人になったのは、最初の人アダムが罪を犯したからです。でも考えてみると、私はアダムと同じ罪を犯したわけではないのに、同罪とされるのは納得がいきません。そうなのです、そこが神の知恵なのです。最初の人アダムが犯した罪を私にかぶせておいて、その同じ論理で、今度はキリストの無罪を私にかぶせて、私に永遠のいのちを与えてくださるのです。これが神による救いの知恵です。

キリストがその生涯において一度も罪を犯さず、十字架の死に至るまで神への従順を通されたことは、神がキリストを復活させたことで証明されました。ですから、キリストの復活を信じるということは、神によるキリストの無罪宣告を信じることであり、それを信じる者に神はキリストの無罪をかぶせてくださいます。福音の三要素を信じ、この信仰による無罪宣言をあなたもお受けになりますようにお祈りします。人は誰もアダムと同じ立場にたったとしても、自らの力で無罪となることはできないからです。

清水 誠一

この記事の執筆者

清水 誠一

熊本聖書フォーラム代表

清水 誠一

1955年生まれ。静岡県出身。
1981年熊本大院卒。
税理士事務所、日本IBMに勤務ののち、1995年より熊本市に在住、現職は会社役員。
20代で右翼思想から転向して、米国バプテスト教会宣教師より受洗。
30代でペンテコステ系神学に傾倒するも挫折、ガン病棟を経験。
40代は仕事に没頭、家庭崩壊と離婚の危機。
50代で聖書を読み直す。
2013年より熊本聖書フォーラム開始、現在に至る。
2014年7月ハーベスト聖書塾卒。