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私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。

紀元57〜58年頃のローマ世界

使徒パウロ

それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。……私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。(ローマ8:20、22)

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人が生きる意味を見失っていることには、歴史観が関係しています。人が生きる意味を見出すためには、人類の歴史をどうとらえ、これからどのような方向に向かっていくと考えるのか、という大局的な歴史観が必要です。

(1)「被造物が虚無に服した」の「虚無」とは、「堕落」「崩壊」「滅び」のことです。その責任は、アダムにあります。その内容を確かめるためには、創世記まで遡る必要があります。

「また、人に仰せられた。『あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない」(創世記3:17~18)

アダムは、神の命令に背き、神に従って生きる道ではなく、自分を神とする生き方を選びました。それが人類最初の罪です。これは原罪とも言われます。そのために神と人との関係が断絶し、地は呪われました。それが「被造物が虚無に服した」という意味です。

(2)22節には、このアダムの堕落以来、今に至るまで、自然界は崩壊しつつあることが示されています。「ともに」とは、私たち人間とともに、という意味です。

(3)「産みの苦しみ」とあります。つまり、被造物の苦しみは、意味のない苦しみではないということです。それは、新しい世界が現れるための苦しみです。それは、聖書に預言されている「メシア的王国」または「千年王国」という世界です。そこではアダムが堕落する前の状態が回復されます。

 ここ数年、地球環境はますます悪化しているように感じます。気候は温暖化し、災害は質量ともに、かつてなかったほどの厳しさになっています。今後状況が好転するという予想を抱く人は、ほとんどいません。しかし私たちは、被造物の「うめき」が「産みの苦しみ」であることを知っています。それゆえ、希望を失うことなく、上にあるものを見上げながら歩むことができるのです。