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2015

10.05

Q.82 生け贄はなぜ必要なのですか。

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神が全能なら、生け贄などなくても人を救えるのではないか?これが今回の質問です。でも、神が正義のお方であるなら、罪に対する裁きが無いのというもおかしな話ですね。旧約時代には、罪を贖うために動物の生け贄が繰り返し捧げられました。生け贄と聞くと残酷なようですが、罪の代償には、血が必要なのです。それほど罪は恐ろしいものです。そんな私たち人間のために、たった一度で完全な贖いを成し遂げる「究極の生け贄」が与えられました。それは・・・?

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Q. 質問

神が全能なら、生け贄などなくても、人を救えるのではないですか。

A. 回答

神は全能ですが、なんでもできるという意味での全能ではありません。もしそうなら、神は予測不可能な、恐るべき存在となります。神は、混乱の神ではなく、愛と秩序の神です。

いつものように3つ申し上げます。

 

1.神の全能性には、いくつかの制約があります。

(1)神は、不合理なことはされません。

  「神は、自分でも動かせないほどの巨大な石を作ることができるか」

(2)神は、正義に反することはされません。

(3)神は、愛に反することはされません。

 

2.生け贄が必要なのは、神の正義がそれを要求するからです。

(1)罪に対する裁きがないのは、正義に反することです。

(2)「なぜなら、肉のいのちは血の中にあるからである」(レビ17:11)

(3)神は、罪の贖いのために「生け贄の血」を用意されました。

 

3.イエス・キリストが究極的な生け贄となられたのは、神の愛の現れです。

(1)動物の血は、人間の罪を一時的に覆うだけでした。

(2)罪のないイエス・キリストの血だけが私たちの罪を贖うことができます。

(3)神の愛は、イエス・キリストの十字架によって明らかにされました。

参考になる聖句

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」(1ヨハ4:10)

 

人は、神が用意された方法でなければ救われません。

もっと詳しく知りたい方は

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです(第1ヨハネ 4:10)


#11 旧約聖書に出てくる「いけにえ」の意味は?

人生の謎を解く(4)―なぜ十字架が重要なのか―