レシピ11 「優先順位」の法則

今までの職場での経験を振り返ってみると、上司であれ部下であれ、仕事ができる人には例外なしに優先順位についての鋭い感覚が備わっていたように思います。優先順位(プライオリティ)についての感覚とは、ものごとの重要性を判断する能力のことですが、それがなければ、そもそも仕事の立案、実行自体が不可能となります。

目先のことだけを片っ端から処理していったとしても、力の入れ所が分かっていないと、疲れるだけで大した成果は上がりません。要するに、そういう人は仕事の切れ味が悪いのです。一方、優先順位の判断に優れている人は、大騒ぎすることもなく、悠々と仕事をこなしているように見えて、実は大変な成果を上げるのです。もし、「どのような人物をスタッフとして採用したいですか」と訊かれたなら、私は躊躇せずに、「優先順位の分かる人」と答えると思います。

センスを育てる

優先順位を判断する能力は、ほとんど生まれ持ったセンスのような感じがします。しかし、努力することによって、その能力を開発し、育てることも可能です。また、生まれつきそのようなセンスを持っている人は、それを磨くことによってさらに飛躍することができます。

1. 優先順位は、仕事を進める上で極めて重要な概念であることを認識しよう。
ほとんどの人が無意識的に、今何をすべきかを選択していると思いますが、それではいけません。常に「今、何をしたらいいか。選択肢はA、B、Cの3つあるが、その内のどれを優先させるべきか」と意識的に考える習慣を身に付けるのです。その際、時間的な制約、量的重要性、質的重要性を考慮に入れて、総合的に判断する必要があります。この判断は、ほとんど芸術的なものとなります。

2. 「2対8の法則」を参考にしよう。
筆者の場合は、「2対8の法則」(イタリアの経済学者パレートの名から、「パレートの法則」とも呼ばれている)を常に意識しながら仕事をするようにしています。「2対8の法則」とは、「100匹の蟻がいると、その中の20匹がよく働き、あとの80匹はほとんど働かない」というものです。その法則をさらに展開すると、「全商品の20パーセントが売り上げの80パーセントを占める」とか、「2割の納税者が8割の税金を納める」とか、「2割のセールスマンが8割の売り上げを上げる」とかいった言い方も可能になります(ただし、インターネット市場が拡大するにつれて、この法則の真実性が崩壊しつつあることも事実です)。
この法則がどれくらい当たっているかは脇に置くとしても、それが示している方向性は示唆に富むものです。「重要なものはさほど多くはない。2割の仕事で、8割の成果を上げるためには、どうしたらよいか」と常に自問自答を繰り返すことです。

3. 時間の捉え方を修正しよう。
時間的にまだ先の案件の場合、それがいくら重要なものであっても、後回しにする人が多いと思います。そういう人は、いつも目先の細かい仕事に追われ、気が付くと重要な課題の期限が目前に迫っているということになります。いくら時間的な余裕があっても、重要な課題を後回しにするのは賢いことではありません。私の場合は、遠い将来のことであっても、重要な課題に関してはそれを優先させるように努力しています。

職業倫理を確立する

量的な判断と平行して、質的な判断も非常に重要です。つまり、売り上げ優先、利益優先でものごとを判断するのか、あるいはより崇高な原則によって優先順位を付けていくのかという問題です。
一般的には、「実業の世界はそう甘くはない。時には、嘘をつかざるを得ないこともある」と言われていますし、確かに今まではそのような面もあったと思います。しかし時代は、そういう固定概念を打ち破る指導者の出現を待っているように思います。それは、「組織の利益(狭い世界での善悪の基準)」よりも、「より多くの人の利益(広い世界での善悪の基準)」を優先させる姿勢への変化です。

米国にある『ウェゼリル・アソーシエーツ』という会社のことをご存知でしょうか。
この会社は、1978年に二人の女性(マリー・ボーテとイーディス・グリプトン)によって設立されたものです。彼女たちが参入した業種は、女性にはなじみの薄い自動車部品の分野でした。会社設立後、彼女たちは中古車の修理と部品の販売を始めました。
創立者となった二人の女性は、『ウェゼリル・アソーシエーツ』を高い倫理基準に基づいた会社にしようと決意していました。その根底にあった確信は、「正しい行動は、正しい結果に結びつく」というものでした。従業員トレーニングでは、職務遂行のすべての過程で、最高の倫理基準を適用するようにとの教えがなされました。
例を上げてみましょう。
「セールスマンは、決して顧客に圧力をかけて買わせようとしてはならない。
また、競争相手の信用を傷つけるような発言をしてはならない。
さらに、いかなる条件下にあっても、決して嘘をついてはならない」

設立当時、この会社の成功を予想した人はほとんどいませんでした。「そんな甘いことを言っていては、生き馬の目を抜くような業界で、生き延びることはできない」というのが、大方の見方でした。
それからおよそ30年が経過しました。今この会社のことを笑う人は一人もいません。『ウェゼリル・アソーシエーツ』は大会社に成長したからです。この会社の年商は数百億円、利益は数十億円にも達しています。しかも、無借金経営です。その上、今も成長し続けているのです。

ビジネスで成功するためには、倫理的な妥協が必要だと、多くの人が考えています。しかし、そうではありません。「人は自分が蒔いたものを刈り取る」というのがバイブルの教えですが、これはビジネスの世界でも通用する原則です。

「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります」

会社にとって最高の顧客は、リターンカスタマー(お得意さん)です。そういう顧客が増えれば増えるほど、会社は力を付けてきます。そのためには、目先の利に走るような仕事をしてはなりません。長年かけて築き上げた信用こそ、その会社の最高の資産です。その資産を獲得することを目的に、優先順位を確立する必要があります。

私は日本マクドナルド社の草創期に、4年間資材部の仕事をしたことがあります。その期間に、さまざまなビジネスの原則を学び、実践することができました。米国本社の資材部担当重役から、手ほどきで、購買とはどういう仕事であるかを学ぶことができたのは、まだ若かった私にとっては貴重な財産となりました。

私の仕事は、店舗で販売するハンバーガーを始めとする商品の原材料の仕入れでした。金額換算で最高の品目は牛肉でした。購買の仕事は、いかにしてセールスマンとの信頼関係を築くかに尽きます。情報量から言えば、相手の方が数段上にいるわけです。自分は買う側にいるからといって横柄な態度を取るようなら、その人は購買のプロとしては失格です。セールスマンから信頼され、尊敬されなければ、良い買い物をすることなど夢のまた夢です。「購買とは、自分自身をセールスすることである」、「セールスマンから、あの人だけは騙せないと思われるようになれ」、「セールスマンに、あなたの夢を売れ」。当時は、こういったことをさかんに教わったわけです。

私が担当していた取引先は、主なものだけでも20社、小さなものまで含めると50社にも上りました。そこで私は、営業に来る取引先の担当者に嘘は言わないことを決心しました。特に、売り上げや購買予想に関する数字については、注意して事実を語るようにしました。その場しのぎの出まかせを言っていると、どこで誰に何を言ったのか、覚えておれなくなると考えたからです。発言に矛盾が出てくると、セールスマンからは信用されなくなります。怖いのは、信用されなくなっていることさえ分からなくなることです。「あなたのことは信用していない」などと忠告してくれる人など、どこにもいません。

小さな決断が大きな成功へ

私の母校である米国のトリニティ神学校の季刊誌(2006年秋季)に、10年ほど前に同校を卒業したヒルデブランド夫婦の素敵な体験談が載りましたので、紹介します。

夫のリーは神学校卒業後カウンセリング心理学の博士課程に進み、妻のクリステンは労働法専門の弁護士として働くようになりました。結婚当初はウィスコンシン州のミルウォーキー郊外に居を構えますが、ある日「ここが本当に自分たちの住むべき場所だろうか」と疑問に感じ始めたといいます。
3日後に、彼らは驚くべき決断をしました。その家を売って、町の中にあるシャーマンパークというスラム地区にぼろ屋を購入し、そこに移り住んだのです。誰もがその決断を奇異に感じたそうですが、当然でしょう。この夫婦もまた、引越しの荷物を解きながら、自分たちの行動に不安を覚えたといいます。「ある目的のためにこの家に導かれたという確信はあるが、その目的がなんなのかが分からない」。このようにして、偉大な事業は小さな決断から始まったのです。

それから半年後に、数軒先に競売物件が出ました。彼らは、二人の友人と協力して、その古家を買うために入札しました。その試みは失敗に終わりますが、その過程で彼らはある事実を発見しました。それは、「この地区がスラム化する原因は、不在家主(地主)にある」ということでした。クリステンは怒りを込めながら、こう証言しています。
「不在家主たちは、家の補修に費用を投下しないままで、家賃だけを要求していたのです。人を人とも思わない扱いです。でも、人間なら誰でも快適な家に住む価値はあるはずです」

夜遅くまで何度も話し合った結果、この4人は、あるプロジェクトを立ち上げることにしました。それは、組織的に近隣の古家を購入し、それを改築して安い家賃で貧しい人たちに貸す、というものでした。これを継続して行なえば、町は再生できるに違いないと考えたのです。
彼らは「シティ・ベンチャーズ・LLC」という会社を設立し、50ページに及ぶ企画書を作成してレガシー銀行に融資の申し込みをしました。しかも彼らは、ジーンズをはいて銀行に行ったのではなく、青年起業家集団として出かけたのです。クリステンは弁護士、リーは博士課程に在籍する学者の卵、友人のポールはマーケティング担当重役、デイビッドは保険業務の専門家。これ以上の組み合わせがあるでしょうか。
銀行はこのプロジェクトへの融資を決定しました。その資金を基に、「シティ・ベンチャーズ・LLC」は古家を一棟購入しました。その後、購入する古家の棟数は増加の一途を辿ります。それにともなって、彼らは鉛管工事、電気工事、家賃回収業、不動産業などの分野での雇用創出も行なうようになりました。
もちろん、彼らは危険な目に遭うこともありました。しかし、クリステンもリーも、犯罪がこの地域の特徴だとも、そのためにここには住めないとも考えてはいません。
「町は、人々が狭い空間にともに住む場所です。それが、犯罪が起こる本当の原因です。90%以上の住民たちは、平穏な生活がしたいと望んでいるのです」

かつてのシャーマンパーク地区を知っている人は、今そこを訪問すると仰天するそうです。町がスラム地区から立派に再生したからです。それは、過去6年間にわたる若夫婦の努力の結果です。70軒もの家々が、色とりどりの屋根や外壁を与えられ、新生した姿を誇らしげに見せています。リーはこう証言しています。
「心躍る体験でした。小さな夢から始まったことが、こうなったのです。一生懸命働きましたが、神の助けがそこにあったのです。これは神が私たちを通してなさったことです。6年前と比べると、見てください、近隣の町並みがすっかり変わりました」

胸のすくような実話に、私も心が熱くなりました。
 良い選択をするなら、最初は小さな始まりであっても、最後は大きな成功につながります。この原則は私たちの人生にもそのまま適用できます。

この章のポイント

1. 自らの人生における優先順位を確立せよ。
2. 優先順位に基づいて職業倫理を確立せよ。
3. 小さな決断が大きな成功につながることを知れ。