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その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。

紀元28年頃のイスラエル

イエス・キリスト

汚れた霊が人から出て行って、水のない地をさまよいながら休み場を捜しますが、見つかりません。そこで、『出て来た自分の家に帰ろう』と言って、帰って見ると、家はあいていて、掃除してきちんとかたづいていました。そこで、出かけて行って、自分よりも悪いほかの霊を七つ連れて来て、みな入り込んでそこに住み着くのです。そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。(マタイ12:43〜45)

「邪悪なこの時代」というのは、何でしょうか。この話のちょっと前では、悪霊につかれて目が見えず、口もきけない人をイエスが癒しました。それをユダヤ教パリサイ派の指導者たちが、イエスの力は悪霊のかしら、悪魔(サタン)から来ていると非難しました。イエスを目の前で見ながら、イエスを通してなされた聖霊の働きを、悪魔によるものだと冒瀆したのです。イエスは、このような当時のユダヤ人たちの世代を「邪悪なこの時代」と呼んだのです。

この話では、「汚れた霊」と「それよりも悪いほかの七つの霊」が登場します。そのたとえによって、当時のユダヤ人たちの世代が、どういう状態であったか、その後どうなるかを、イエスは語っています。

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  1. 「汚れた霊が入っていました」・・・エルサレムの神殿は、金と権力の亡者たちによって取り仕切られていました。ユダヤ教の指導者たちは、傲慢な偽善者が大半でした。しかし、他方では、旧約聖書の預言を信じ、イスラエルの救い主キリストを待望する信仰者たちがいました。また、政治的にも、ローマ帝国に支配されて重税や労役は課せられましたが、ある程度の自治権を認められていました。初めの状態は、まだましだったのです。
  2. バプテスマのヨハネが荒野に立って、「キリストが来るのが近い。民族的な悔い改めをせよ」と教え、国中が沸き立ち、多くの人々がそれに呼応しました。「汚れた霊がいったん出て行って」、ユダヤ人たちの心が一時的にきれいに「掃除された」のです。
  3. しかし、権力者たちは、バプテスマのヨハネから叱責されると、彼を捕え、殺してしまいました。そして、権力者もユダヤ教指導者たちも、イエスを拒否してしまいます。それは、やがて敵視、さらに殺意へと、より悪くなっていきます。ラザロのよみがえりを見ても、変わりません。最終的にイエスの復活を目の当たりにしても、受け入れません。復活のイエスに出会った弟子たちの命がけの証言にも耳を傾けず、むしろ彼らを迫害しました。これは、「汚れた霊よりも悪い七つの霊に入られた」状態です。

この結果、紀元70年、ローマ軍によってエルサレムと神殿は破壊され、ユダヤ人たちは世界に離散し、「その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなる」というイエスの預言が成就しました。

清水 誠一

この記事の執筆者

清水 誠一

熊本聖書フォーラム代表

清水 誠一

1955年生まれ。静岡県出身。
1981年熊本大院卒。
税理士事務所、日本IBMに勤務ののち、1995年より熊本市に在住、現職は会社役員。
20代で右翼思想から転向して、米国バプテスト教会宣教師より受洗。
30代でペンテコステ系神学に傾倒するも挫折、ガン病棟を経験。
40代は仕事に没頭、家庭崩壊と離婚の危機。
50代で聖書を読み直す。
2013年より熊本聖書フォーラム開始、現在に至る。
2014年7月ハーベスト聖書塾卒。

もっと詳しく知りたい方は

マタイの福音書(12) (アウトラインPDF)

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