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今日の聖書の言葉

2017

12.11

Q.150 カウンセリングを受けるのはよくないことですか。

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「信仰があれば、クリスチャンにはカウンセリングは不要」という意見の方もいます。でも、せっかくその道の専門家がいるのに、彼らの力を借りないのももったいない。かといってカウンセリングは薬ではなく「対話」で心の問題を解決する手法なので、相手が誰でもいいというわけではない、ですよね・・・。さっそく回答をご覧ください。

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Q. 質問

Q:ある悩みを抱えていますので、カウンセリングを受けたいと思っていますが、友人から、信仰があればカウンセリングは不要だと言われました。クリスチャンがカウンセリングを受けるのは、よくないことなのでしょうか。


A. 回答

A:心の問題をどのように解決するかは、重要なテーマです。いつものように3つ申し上げます。

1番目に、心の問題を扱う職業には、さまざまなものがあります。

 心理学者、精神科医、精神分析医、カウンセラーなどがそれです。大雑把に言いますと、これらの職業は、薬を処方できるかどうかで区分されます。通常、カウンセラーは薬を処方しないで、対話を通して心の問題の軽減に努めます。これらの職業は、精神的健康を目標としているという点では共通しています。


2番目に、精神科医やカウンセラーの助けを受けること自体は、決して悪いことではありません。

 精神科医やカウンセラーは、心の病や痛みを経験している人たちを助けようとして、日々労しています。その働きは、大いに賞賛されるべきものです。と同時に、いかに経験豊かな専門家であっても、神がどのようにして人間の心を創造されたかを完全に理解している人はいません。つまり、人間的な限界があるということです。人間の内面的活動は、時には不可解であり、完全に知り尽くすことは不可能です。それゆえ、聖書的人間観を持った専門家の助けを求めるのがよいと思います。クリスチャンが心の問題で助けを求める場合は、次の3点に留意しましょう。①イエス・キリストを信じていること。②聖書の知識が豊富であること。③信者としての品性を備えていること。 


3番目に、最終的な判断は、聖書のことばに基づいて行なうべきです。

 心の問題を扱う専門家は、それぞれが独自の視点を持っており、そこから助言を与えようとします。これは、当然のことです。しかし、完全な助言を与えられる人など存在しません。それゆえ、助言を受ける人自身が、最終的に自分で判断を下さなければなりません。助言が正しいかどうかを判断する基準は、神のことばである聖書です。それゆえ、聖書を学ぶことが心の問題を解決するために必要不可欠となります。聖霊は、聖書のことばを通して私たちに語りかけ、私たちに平安を与え、私たちの姿をキリストに似たものとしてくださいます。


参考になる聖句

「心に不安のある人は沈み、親切なことばは人を喜ばす」(箴12:25)

 カウンセラーを選ぶ際には、聖書的人間観を持った人を選びましょう。

もっと詳しく知りたい方は

心に不安のある人は沈み、親切なことばは人を喜ばす(箴言12:25)


今回の関連リンクは「クリスチャンは〇〇すべきではない?」という内容の他の質問を集めてみました

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