2013

08.08

#4 イエス・キリストとは誰ですか?(1)

イエスキリストは歴史的人物です。議論の余地もなく、実在した人物でした。では、イエス・キリストはどんな人物だったのでしょう?偉大な預言者、偉大な教師?それもまた違うんです。イエス・キリストは100%神であり、100%人であるその理由を、2回に分けて検証します。

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#4. イエス・キリストとは誰ですか。(1)

Q. 質問

子供の頃、図書館に置いてあるこども向け伝記シリーズに宮沢賢治、坂本龍馬、マザー・テレサなどと並んで、実在しないと思っていた「キリスト」が入っているのを見て驚きました。イエス・キリストは一体誰なのでしょうか。

A. 回答

これは、究極的な質問です。3つ申し上げます。

1番目に、イエス・キリストの歴史性を疑う人はほとんど居ません。

まず、「イエス・キリストは、歴史的人物だ」ということを確認しましょう。かく言う私自身が、クリスチャンになる前は、キリストが歴史的人物かどうか疑っていました。でも、それは自分が無知であっただけです。

ある時、高校時代の世界史の教科書、「山川出版」の教科書でしたが、それを久しぶりに開けてみました。すると、「イエス・キリストは…」と出ていたのです。「なんだ。山川が言っているじゃないか。じゃあ居たんだ!」。…とまあ、そんなことでした。

ずっと後になってから知ったのですが、キリスト教を認めてこなかった「ユダヤ教」の教典の「タルムード」でさえも、イエス・キリストの歴史性は認めています。

欧米では、キリスト教の信ぴょう性についての「ディベート(討論会)」が頻繁に開かれます。キリストを信じている人と、無神論の人が、ディベートするわけですけれども、もし否定する側が、イエス・キリストの歴史性を疑うというような発言をしたなら、激しい反撃に会います。それくらいに、イエス・キリストの歴史性を疑う人は、ほとんどいないということです。問題は「イエス・キリストという人が生きていたか」どうかではなく、「イエス・キリストとは誰なのか」ということです。

2番目に、「誤った認識」についてお話します。イエス・キリストに関して誤解があるのです。

時々、こういう風に言う人がいます。「イエスという方は、偉大な預言者、偉大な教師、敬虔な人、素晴らしい聖人。ああいう人は、人類の歴史になかなか出ないね」。その人はキリストを褒めているわけですが、その評価は間違っています。なぜかというと、イエス・キリストが語ったのと同じことを普通の人間が言ったとしたら、その人は偉大な教師どころか、実に傲慢な人だということになるからです。一例を上げてみましょう。
キリストは、「私が道であり真理でありいのちなのです」(ヨハネの福音書14:6)と言ったのです。これを、普通の人が口にしたらどうですか。「あの人、ちょっと変になったよ」と絶対言うはずですね。ですから、イエス・キリストを「神」だと認めないで、単なる「偉大な人、偉大な教師」として評価するのは、論理的に破綻しているということです。聖書は、イエス・キリストを単なる偉人とは見ていません。

では、3番目ですね。「イエス・キリストは誰か」ということに関しては、二択しかありません。AかBしかないのです。

(A) イエスは神である。
(B) イエスは問題のある人である。

ご理解いただけますか。その中間はないのです。その中間というのは、先ほど言ったように、「イエスは偉人だ、素晴らしい人だ、律法の教師だ、道徳の教師だ」という考え方ですが、この可能性はありません。イエスは、ご自身が主張されたように、「神」であるか、あるいは「問題のある人」であるかのどちらかなのです。

「問題のある人」とは、例えば以下のような人です。「詐欺師」、「嘘つき」、「精神異常者」、「私が神だ」と思い込んでいる誇大妄想狂、などなど。

今回は以下の3点を確認しました。

  1. キリストの歴史性を疑う人はいない。
  2. キリストを単なる立派な教師と見ることは間違っている。
  3. キリストが誰かということについての選択肢は、2つしかない。「神」であるか、「問題のある人」であるか、そのどちらかしかない。

この質問には、次回もう1度答えたいと思います。というのは、情報量が多いからです。

今回の結論はこれです。「聖書は、イエスは神であり人である」と教えている。なぜなら、「神」でなければ私たちを救えないし、「人」でなければ死ぬことができないから。

もう1度言います。神でなければ私たちを救えないし、人でなければ私たちの罪のために十字架上で死ぬことはできないのです。「神である方が人となられた」という事実の上に、私たちの救いが成り立っています。この続きは、次回取り上げます。

参考になる聖句

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた」(ヨハネの福音書1:14)

「御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです」(ローマ人への手紙1:3〜4)