2023
10.20
Q.365 新天新地でも悲しみはありますか。
テキストで読む
Q.質問
Q:新天新地では、「神は彼らの目から、涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫びも、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである」と約束されていることを信じて感謝しています。しかし、救われなかった家族や友人たちに関して、悲しみや後悔の念を持ち続けるのだろうかと、悩ましく感じる思いもあります。これをどのように受け止め、消化すればよいでしょうか。中川先生のご見解をお伺いできますと幸いです。
A.回答
A:はじめに
質問者の方は、一生懸命に伝道に励むことを前提に、この質問をしておられます。深く共感できる質問です。このテーマついて、いつものように3つ申し上げます。
1番目に、黙示録21章4節の約束は、真実です。
(1)「神は彼らの目から、涙をことごとくぬぐい取ってくださる」
①新天新地にも涙があるという意味ではなく、悲しみの原因がなくなるということ。
②その理由は、以前のものが過ぎ去ったからです。
③死も、悲しみも、叫びも、苦しみもない世界が到来したのです。
(2)この質問は、今の世界において意味のある質問です。
①以前のものが過ぎ去った世界では、この質問は意味のないものになると予想します。
2番目に、私たちの判断が、神の判断と合致すると予想します。
(1)今の世界では、神の判断と私たちの判断にはギャップがあります。
①私たちの知るところは、ほんの一部だからです。
②霊的に成長するとは、自分の判断が神の判断に近づいていくことです。
(2)新天新地においては、私たちは神を深く知るようになります。
①神の裁きは、愛と義に基づいて行われます。
(3)神がどのような判断を下そうとも、それに同意できるようになります。
3番目に、記憶の中の否定的な要素が忘れ去られると予想します。
(1)新天新地においても、記憶が消されることはありません。
①消極的な記憶が残っていますので、心から喜ぶことはできません。
(2)新天新地においては、消極的な記憶で苦しむことはなくなると予想します。
①神の栄光の素晴らしさに触れるからです。
②光が闇を駆逐するからです。
③今の世界にあって、このことを思い描くのは、相当難しいです。
私たちの予想をはるかに超える方法で、黙示録21章4節の約束は成就します。