レシピ6 「先憂後楽」の法則

先人の教訓

食事の際、好物を先に食べる人と、最後まで取っておく人とがいます。あなたはどちらのタイプですか。私の場合は、どちらかと言うと、好物を先に食べる方です。いつもではありませんが、好きな物から先に口に運んでいることが多いように感じます。それぞれに言い分があるでしょうが、どちらになってもたいした違いがあるわけではありません。しかし、人生において何を優先させるかという問題になると、また話が違ってきます。

「先憂後楽」という言葉があります。辞書を引くと、「天下の安危について人より先に憂え、人より後に楽しむこと」《范仲淹(はんちゆうえん)の「岳陽楼記」から》とあります(広辞苑)。
国の指導者の心構えを説いたものでしょうが、最近はこの言葉を念頭に置いて活動している政治家がどれくらいいるのか、心もとない思いがします。ちなみに、「後楽園」という名の庭園が日本には二ヶ所あります。岡山後楽園と小石川後楽園がそれです。

社会の指導者となるためには「先憂後楽」の心構えが必要ですが、個人の生活を管理するためにも同じような生活態度が要求されます。嫌なことや避けたいことは率先して行ない、喜ばしいことや楽しいことは後に回すという姿勢を身に付けている人は、何かにつけて余裕を持って生活することができるようになります。

日本人の経済生活

私が初めてアルバイトをしたのは、中学1年の時でした。最初は、親戚の「せんべい屋」で年末の1週間働きました。
その後、高校生の時も大学生の時も、アルバイトをしました。家庭教師、郵便配達、英字新聞の勧誘、珠算塾の教師、アンケート調査員など、さまざまな仕事に就きました。
当時の私は、収入が入ればすぐに使っていました。時には、入ってくる額をあらかじめ計算して、賃金を受け取る前から借金をして使うようなこともありました。当然のことながら、貯金は何も残りませんでした。私だけでなく今の若者たちも、働いて得た収入をすぐに使っている人が多いのではないでしょうか。
今の時代は、何事につけても即効性を求める時代です。しかしそれでは、長期に続く満足、本当の充足は得られません。

少し前のことですが、ちょっと気になるニュースを読みました。
2004年の「家計の金融資産に関する世論調査」(金融広報中央委員会表)によると、二人以上の世帯で「貯蓄がない」と答えた世帯の割合は22.1%に上り、調査を開始した1963年に次ぐ過去2番目の高水準となったというのです。また、単身世帯の調査でも「貯蓄がない」世帯が35.1%にも上っています(読売2004.9.18)。
収入減で生活が苦しくなっている人が増えているのでしょうが、それにしても「貯蓄ゼロ」の世帯がこれほど多いのは問題です。家計に「先憂後楽」の法則を適用するなら、この状況はかなり改善されるのではないでしょうか。

そのようなことを考えていた時、「お金の教育十代から―FP協会、高校に指導書配布―」というニュースが目に留まりました(産経2005.10.22)
日本ファイナンシャル・プランナーズ協会が、欧米に比べて遅れている金銭教育を日本でも普及させることを目的に、高校生向けの金銭教育テキストを刊行し、無料で配布しているというのです。同協会の紀平正幸専務理事は「雇用・賃金体系や年金制度が大きく変わり、貯蓄と年金だけでは生活が難しくなるなか、これからは国民一人一人が自立してライフプランを考える必要がある。こうした社会のニーズの変化に協会としても対応していきたい」と語っています。日本にもようやくこういう時代が来たのです。

自分自身への適用

人生の成功者となって永続性のある満足感を得る秘訣は、「得られる満足を先延ばしにする」、あるいは、「先のことを夢見て今を苦しむ」ということです。
オリンピックに出場する選手たちは、どうしてあそこまで自分を苦しめながら練習に励むことができるのでしょうか。それは、いつの日か金メダルを手にすることを夢見ているからではないでしょうか。栄光を目指して今を苦しむということなのでしょう。

「先憂後楽」の法則を自分自身に適用してみましょう。

1. 嫌なことを先に済ませよう。
誰でも嫌なこと、気が進まないことはついつい後回しにしたくなります。気にはなっていても、「あのことは明日になったら片付けることにしよう」と自分に言い聞かせ、先延ばしにしてしまうのです。その結果、いつも重荷を肩に負っているような生き方しかできなくなります。
それでは仕事の効率がよくないばかりか、精神衛生にも差し支えます。日常生活においては、一番嫌なこと、一番気になっていることを、朝一番に終える習慣を身に付けましょう。このことをある人は「朝一番にカエルを飲み込む」と表現しています。刺激的で面白い言葉です。毎朝、「さあ、今からカエルを飲み込むぞ」と叫びながら、一番嫌な仕事に手をつけましょう。

2. 長期的なライフプランを考えよう。
日常生活で、「得られる満足を先延ばしにする」、「先のことを夢見て今を苦しむ」ということを実行に移しましょう。金銭管理においてもそれを実行しましょう。
日本の上場企業の生涯給与を調査した「生涯給与1000社ランキング」というのがあります。それを見ると、トップのK社の生涯給与は、6億円を超えています。中堅どころ(500位)のT社で2億5000万円強です。最下位(1000位)のM社でも1億9000万円以上あります。
もし若い頃から、収入の10分の1を預金に回す習慣を身に付けているなら、老年になって経済的に困窮する人の数は激減すると思います。
しかし、無駄を省き、上手に家計のやりくりをするのは容易なことではありません。その理由は、家計管理の本質が、金銭管理ではなく心の管理にあるからです。そこを間違えてはなりません。浪費壁があるのは、心に問題を抱えているからなのです。

3. いつか死を迎える日が来ることを覚えよう
「先憂後楽」の法則の究極的な形は、「死への備え」の中にあります。
ラテン語に「メメント・モリ」という言葉があります。これは「いつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句です。生きとし生ける物はすべて死に絶えます。この厳粛な事実を常に心に銘記することこそ、今という時を生きる力となります。
ある人は、死んだらすべてはおしまいだと考えています。またある人は、死後のことは分からないから、今という時を楽しんで生きればいいのだと主張します。このような人たちの晩年は、わびしくて辛いものになることでしょう。
世界のベストセラーであるバイブルは、明確な死生観を教えています。人は生きているのではなく、生かされている。人の命は地上生涯だけで終わるものではなく、死後も続く。だから、今から永遠の世界に移るための準備をせよ。これがバイブルの死生観です。
 
死後の命があることを確信した人は、自分の人生を全く別の観点から捉え始めるはずです。
異邦人世界にキリスト教を広めたパウロという人は、こう書いています。 

「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます」

旅行に出かける場合のことを考えてみましょう。日帰りの旅行か、2泊3日程度の旅行か、長期旅行かで、準備は全く異なるはずです。長期の旅行になればなるほど、周到な準備が必要です。死後の命を確信した人は、長期旅行に旅立つ準備をしている人のように、周到な準備をしながら地上生涯を歩むことでしょう。長期的な見通しがあれば、今という時を生きるのが楽しくなります。
 
青年時代に「先憂後楽」の法則を身に付けた人は幸いです。しかし、良いことを始めるのに遅すぎるということはありません。きょうから、この法則を実行しようではありませんか。

この章のポイント

1. 嫌なこと、気が進まないことから先に済ませる習慣を身に付けよう。
2. 家計管理の本質は、金銭管理ではなく心の管理にあることを知ろう。
3. 「メメント・モリ」という心構えを持とう。