今日の聖書の言葉

レシピ2 「名優」の法則

大根役者と名優

大根役者と名優の違いはなんでしょうか。
大根役者ほど役の中に浸り切っていて、自分の演技がいかに下手なものか見えていないといいます。ちなみに、大根役者の語源には、大根が白いので「素人」の「しろ」にかけたという説や、大根は食あたりがないので「当たらない役者」をそれに見立てたという説などがあるようです。個人的には、後者の方が、ひねりが効いていて面白いと思います。いずれにしても、大根役者に欠けているのは客観的に自分の演技を見る目です。
名優と呼ばれる人は、演じる自分とそれを見ている自分がいて、常に自分の演技を修正しているそうです。自分を客観的に見る目がなければ、名優にはなれません。これは、映画や演劇の世界だけでなく、ビジネスの世界にも、また私たちの日常生活にも当てはまることです。他者の視点からものを見る習慣を身に付けていない人は、「空気の読めない人」というレッテルを貼られることになるでしょう。

低迷する会社と成長する会社

ここ数年、日本を代表するいくつかの大企業が、不祥事で信用を無くすという現象が起きています。M社は、人身事故につながるような欠陥商品を市場に出し続けたため、消費者からそっぽを向かれ、最近の決算(2005年3月期)では過去最悪の赤字(4700億円超)を出しています。この会社が信用を回復するのは容易なことではないと思います。

グループ企業S社の会長は、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)の罪で逮捕され、この会社が今まで築いてきた信用は地に落ちました。現在(2005年7月現在)、個人株主70数名が、株価下落で損害を受けたとして、株主訴訟を起こしています。

北海道のある菓子メーカーは、製品の賞味期限を偽ったために、長年かけて築いてきたブランドを汚すという結果を招きました。この会社が元の状態に復帰するのは至難の業でしょう。

これとは反対に、ヒット商品を次々に生み出し、業績を伸ばしている会社もあります。S社は、液晶テレビ、電子手帳、カメラ付き携帯電話などの新製品を市場に投入し、大幅に売上を伸ばしています。またK社は、2005年7月現在、24期連続で最高益を出し続けています。バブル景気崩壊後も成長し続けているとは、驚異的なことです。

低迷する会社と成長する会社は、一体どこが違うのでしょうか。

低迷する会社には、いわば、「閉鎖社会症候群」とでも呼ぶべき症状がみられます。この病は、「忠実な会社人間」や「組織に依存し保身に走る社員」を多く生み出します。これらの会社人間たちは、社内の価値観や常識に縛られ、それ以外の発想や見方ができなくなります。すべての判断が、狭い「村意識」に基づいて行われるようになります。不幸なことです。

成長する会社には、自分や会社を客観的に見ることのできる社員がいます。いや、会社が意図的にそのような社員を育てていると言ってもいいでしょう。自分のことを客観的に評価するとは、社外から見たら自分たちの会社や製品はどう評価されているのかと、自問自答することです。そういう社員がいる会社は、常に市場のニーズや動向をキャッチし、会社の方向性を修正しています。それが、業績向上につながるのです。

名優が自分の演技を客観的に観察し、それを評価・修正しているように、健全な企業もまた自らの組織や製品を常に評価・修正しています。

少し専門的になりますが、心理学の分野では「自己を客観的に評価する能力」のことを「メタ認知力」と言います。「メタ」とは、「後に」とか「越える」とかいう意味のギリシア語です。ですから、「メタ認知力」とは、「超認知力」のことです。

仕事ができる人とできない人の差

有能な人とそうでない人の差がどこにあるのか、考えたことはありますか。学歴や職歴にさほどの差がないのに、一方は超優秀、もう一方は並み、という場合がよくあります。どこがどう違うのでしょうか。最大の違いは「メタ認知力」にあります。

ここで、興味深い研究結果をご紹介しましょう。

コーネル大学のデビッド・A・ダニング博士と助手のジャスティン・クルーガー氏は、次のような研究結果を発表しています。

「仕事ができない人々ほど、自分が無能であることに気づいていない。それどころか、できない人々の方ができる人々よりも自信に満ち、自分の能力に確信を持っている(傍点筆者)。

実は、有能な人になるために要求される資質とは、自分が有能か無能かを判定する能力と同じものなのである」

さらにクルーガー氏は、『個性と社会心理学』という雑誌の中で、次のように述べています。
「無能な人々は、誤った結論に到達して不幸な選択を行なうだけではない。彼らはその無能さゆえに、自分が誤った結論に達し、不幸な選択をしていることさえ気づかないのである」

できない人ほど自信家であるが、本人はそれに気づいていない。なんとも辛らつなコメントですが、私たちの周りを見渡すと、これが当てはまりそうな人が結構いるのではないでしょうか。実は、ここで言われていることもまた、「メタ認知力」の問題なのです。

程度の差こそあれ、すべての人には「メタ認知力」が備わっています。それを意図的に伸ばす人は、戦略的な人生を生きている人です。その人は、常に次のような判断を行ない、自らの行動を修正しています。
「客観的に見て、自分の能力はどれくらいか」
「今自分は何をなすべきか」
「どのような過程をたどれば最適な結果に至るか」
「自分の行動は他者の目にどのように映っているか」

子供と大人の差は、この「メタ認知力」にあります。ですから、この能力が備わっていない人のことを、「あの人はまるで子供のようだ」と言うのです。
日本の首相が、所信表明演説をした二日後に辞任を表明しました。まさに前代未聞の出来事で、日本中が大騒ぎになりました。その直後に行われたある世論調査では、70%の人が今回の辞任を無責任だと考えているという結果が出ました(朝日新聞)。  
精神科医の和田秀樹氏は『新・学問のすすめ』という本の中で、首相の資質についてこう書いています。
「私は、少なくとも一年に3200人が入れる東大に合格できないような人に日本国の首相になってほしくない・・・・・・私自信、東大を出たからといって頭がいいと思ったこともないが、自分より頭の悪い人間に国を任せたいとは思わない。東大卒のなかで、さらに選ばれた本当に頭のいい人になってほしいと心から願っている。もちろん、私レベルの人間が政治家になるのも滅相もないことだと思っている」
辛らつなコメントですが、私自信共感する点が多々あることも事実です。私もまた、「普通よりも少し頭がいい程度の人に、日本の指導者にはなって欲しくない」と考えていた一人だからです。
私は、首相を辞任に追い込んだ最大の要因は「メタ認知力」の欠如であると思っています。つまり、「空気が読めない」という致命的な欠陥を抱えていたということです。人にはそれぞれ器の大きさがあります。もし本当に「メタ認知力」が備わっていたなら、自分は日本国の器ではないという判断ができていたはずです。個人的には同情する点があったとしても、国の行政に計り知れないほどの停滞と損失をもたらしたという事実が帳消しになるものでもありません。首相の地位は、それほどの重いものなのです。

首相の失敗を他山の石として、自らの生活を吟味してみましょう。
私たちもまた、知識や経験のない分野のことになると、「メタ認知力」が働かなくなります。パニック状態になった時も、同じことが起こります。
「メタ認知力」を伸ばす最善の方法は、観察と内省です。常にものごとを観察し、それについて内省するのです。内省した結果に基づいて、自己改革に取り組み、自浄能力を育てていくのです。

バイブルと「メタ認知力」

バイブルは、「メタ認知力」を養うための訓練マニュアルとなり得ます。虚心坦懐にバイブルを読んでいると、自分の心の揺れや、行動のぶれがチェックできるようになるという意味です。バイブルという鏡に自分の姿を映すことで、客観的に自分を見ることができるようになるのです

「あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます」

バイブルは、傲慢を厳しく戒め、隣人に仕える人、謙遜な人になれと教えています。人は成功している時は傲慢になり、自分の姿が見えなくなるものです。自分が一番だと思っている成功者ほど、鼻持ちならない者はいません。自分の心の状態を診断したいなら、バイブルを読むことです。バイブルの言葉は、X線のように読む人の心を貫き、がん細胞を浮かび上がらせます。
 
有名人の中にも、定期的にバイブルを読み、自らの姿勢を厳しく吟味している人たちがいます。元日銀総裁の速水優 (はやみ・まさる)氏も、そのひとりです。速水氏は、『文芸春秋』(2004年新春特別号)に「この宝を土の器に」という随筆を寄稿し、自らの確信を披露したことがあります。その内容を要約すると、次のようになります。

「自分は、聖書が言うところの『土の器』である。それは、自分のような弱くて力のない者を指す言葉である。
自分は苦難の中からクリスチャンとなり、同じ教会に58年間籍を置いている。どんなに多忙な時でも、日曜には教会に行き、聖書を読み、説教を聞き、賛美歌を歌い、祈る。それは、1週間の歩みを反省し、次の1週間に備える場となっている。
自分は、クリスチャンとしての職業観が与えられていることにも感謝している。総裁時代、国会に呼ばれて質問を受けた際も、『主ともにいます』、『主われを愛す』、『主すべてを知りたもう』という聖書の約束を確信して進んできた」

バイブルは人間の本質をえぐり出しているので、そこにある言葉を自分に適用しながら読んでみると、今まで見えなかった自分の姿が見えてきます。それは痛みが伴なう作業ですが、同時に、自分の問題点を発見し、それを取り除くための「魂の治療」でもあります。
真の自分に向き合うことを恐れない人こそ、人生の名優になれるのです。

この章のポイント

1. 自分が所属している集団の価値観や常識に縛られるな。
2. 観察と内省により、自分の行動をモニターするもう一人の自分を育てよ。
3. バイブルを、メタ認知力を養うための訓練マニュアルとして活用せよ。