この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、御子に関することです。

紀元55年頃のローマ世界

使徒パウロ

この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。(ローマ1:1〜2)

Roman1-1福音(ふくいん)とはグッド・ニュース、「良い知らせ」という意味です。テレビや新聞のニュースは事件や問題ばかり、気が重くなることが多いですが、聖書のニュースは本当に素晴らしい知らせです。私たちが今手にしている聖書には、旧約聖書と新約聖書があります。使徒パウロがローマの教会にこの書簡を書き送ったときには、聖書といえば、旧約聖書です。まだ新約聖書はできていません。旧約聖書において前から約束されていたもので、御子に関すること・・・とは、どういうことでしょうか。

旧約聖書は、まず創世記で始まります。神様は天地を造り、人が生存するのに必要なすべてのもの、水も緑も家畜たちも全部を備えてくださってから、最後に人をお造りになりました。そして、神様はそよ風とともにエデンの園を歩き回り、人と交わるのを楽しみにされていました。しかし人は悪魔の誘惑によって罪に墜ちてしまいました。

罪に墜ちるというのは、神がよしとされることをよしとするのではなく、自分の思いのままに善悪を判断する状態です。こうなると神様とつながっていた霊がまず死にます。次に知性は暗くなり、感情はおかしくなり、意志は弱くなります。そしてやがて肉体が死にます。ひと言で言えば、人は壊れてしまったのです。

もし自動車が壊れたら、整備士でないと直せません。壊れた人を直せるのは、人をお造りになった神様だけです。また壊した張本人の悪魔をも排除してもらわねばなりません。旧約聖書には、およそ4千年にわたる各時代の預言者たちを通して明らかにされた神様の約束が記録されています。神様が人となって来てくださり、悪魔との戦いに勝利して、人を悪魔の束縛から解放してくださること、そして信じる人に新しい霊を与えてくださり、魂を生き返らせ、永遠のいのちの体を与えてくださる、というのです。その勝利の王を、旧約聖書時代の王の即位には頭に油を注いだことから「油注がれた者」、へブル語でメシヤ、ギリシヤ語でキリストと呼びます。

旧約聖書では、キリストはイスラエル民族のユダ部族から、それも紀元前千年頃の王ダビデの子孫として生まれると預言されていました。その通りに、イエスがダビデの家系から生まれました。そしてキリストは、悪魔の力である死を打ち破り、永遠のいのちを保証する必要がありました。イエスはその通りに死から復活し、キリストであることが証明されました。

イエスは、神様が人となって来てくださった方です。私たちの罪のため、私たちのかわりに十字架にかかって死んでくださり、墓に葬られ、三日目に復活されました。それが福音、グッド・ニュースです。これを信じる人は、ただその信仰により、行いによらず、永遠のいのちをいただきます。

清水 誠一

この記事の執筆者

清水 誠一

熊本聖書フォーラム代表

清水 誠一

1955年生まれ。静岡県出身。
1981年熊本大院卒。
税理士事務所、日本IBMに勤務ののち、1995年より熊本市に在住、現職は会社役員。
20代で右翼思想から転向して、米国バプテスト教会宣教師より受洗。
30代でペンテコステ系神学に傾倒するも挫折、ガン病棟を経験。
40代は仕事に没頭、家庭崩壊と離婚の危機。
50代で聖書を読み直す。
2013年より熊本聖書フォーラム開始、現在に至る。
2014年7月ハーベスト聖書塾卒。