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【主】は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。詩篇23編

紀元前10世紀頃のイスラエル

ダビデ王

23:1 【主】は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。 2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。 3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。 4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。(詩篇23:1〜4)

聖書で、人はよく羊にたとえられます。羊は、すぐに道に迷ったり、倒れると自分で立ち上がれなかったり、襲われたりする弱い生き物です。そんな羊のような私たちにも、たましいを生き返らせてくださる羊飼いがいます。

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羊飼いのイメージを背景に詩が展開されています。中東では、指導者を羊飼いに例えるのはよくあることです。

羊飼い(1)【主】とは、原語では「ヤハウェ」で、旧約聖書で啓示された神の御名です。

(2)場面は、決して日本で見るような緑あふれる野山ではありません。それとは正反対の、荒涼たるユダの荒野をイメージしてください。人生とは、荒涼たる荒野を歩くような側面があります。その荒野の中で、【主】は、緑の牧場、いこいの水のほとりに信者を導かれます。羊は流れている水を飲むことができませんので、静かな水辺に導かれる必要があります。苦難の中に【主】の守りがあります。

(3)苦難の時、私たちは羊飼いである【主】に近づきます。【主】という呼びかけが、「あなた」という呼びかけに変化するのが注目ポイントです!「死の陰の谷」という言葉が出た直後、ダビデは、「あなたが私とともにおられますから」(4節前半)と歌っています。人生で最悪の状況が訪れた時、【主】は神として、私たちのそばを歩いてくださるのです。人生の荒野にひとりぼっち、そんな気持ちでいるなら、そっと「主よ」と神に祈ってみましょう。