聖書入門.com > 3分でわかる聖書 > 大昔に書かれた聖書を現代に適用するのって、難しいのでは?

今日の聖書の言葉

2013

12.20

#21 大昔に書かれた聖書を現代に適用するのって、難しいのでは?

,

聖書は、紀元前15世紀頃から紀元1世紀にかけて書かれた書物ですが、そこに書かれた「〜しなさい」という内容のすべてを、現代でも実行しなければならない!と主張する人もいます。でも、本当にそんなことが可能なの?というより、その命令って、全部が今でも有効なのでしょうか?

テキストで読む

#21. 大昔に書かれた聖書を現代に適用するのは難しいのではないですか。

Q. 質問

聖書は大昔に書かれた書物で、聖書に書かれている命令をすべて実行するのは、難しいのではないでしょうか。「クリスチャンは現代でも全ての命令を実行しなければならない」と主張する人もいますが、それは本当ですか。

A. 回答

答えは、「イエス・アンド・ノー」です。「そうですね」という部分と「そうじゃないですね」という部分があるのです。いつものように3つ申し上げます。

1番目に、次のことを理解してください。「聖書は時代の流れの中で徐々に書かれてきた本だ」ということです。

例えば、新約聖書が書かれた時には、それは、旧約聖書という土台の上に乗って書かれているのですね。

旧約聖書に関しても同じことが言えます。「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」…という風に順に書かれていったわけですが、後に書かれた書は、前に書かれた書を前提として書かれているということです。

聖書は、時間の流れの中で徐々に書かれてきました。これを、専門的には「漸進的啓示」といいます。徐々に啓示されてきたという意味です。

2番目に、「聖書には、今の私たちに適用する必要のない命令がある」ということです。

もちろん、そこから霊的教訓を学ぶことは出来ます。あるいは、生活のためのヒントを得ることはできます。しかし、それらの命令を直接適用する必要はありません。聖書には、そういう例が沢山あります。

例えば、「歴史的記録」はそのまま適用すべきではありません。1番分りやすい事例を挙げてみましょう。信仰の父と言われるアブラハムには、複数の妻がいました。では、それを自分に適用するでしょうか。しないですよね。「歴史的記録」というのは、「こういうことが起こったんだ」と報告している「事実」であって、そのまま自分に適用すべきものではないのです。

あるいは、「十戒」を中心とした「モーセの律法」という体系は、シナイ山の麓で、神がエジプトを出たイスラエルの民と結んだ契約の「条項」です。ですからそれは、旧約時代のイスラエルに適用されるものであって、イエス・キリストの十字架の死と復活以降に信者になる、新約時代の信者に適用する必要のないものです。

しかし、3番目に「聖書には、今の私たちにそのまま適用すべき命令もある」ということです。

新約時代の信者には、「モーセの律法」に代わって、新しい「律法」が与えられています。それを、「キリストの律法」と言います。その内容は、私たちの心に聖霊が書いてくださるもので、言葉を変えて言えば、「愛の律法」です。

より具体的には、新約聖書の中の「使徒行伝」以降の書、特に「書簡」は、今の私たちにそのまま適用してよいものです。あるいは、そのまま適用すべき教えです。

以上のことから、この質問に対する答えが「イエス・アンド・ノー」となるのです。

今日の結論は、「聖書には、そのまま適用すべき箇所とそうでない箇所がある」ということです。

この見分け作業をしっかり行いながら、聖書を読んでいくことが大切です。

参考になる聖句

「私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです」(ローマ人への手紙7:4)

「互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい」(ガラテヤ人への手紙6:2)

もっと詳しく知りたい方は

神のプランが時代とともに明らかになっていく様子は、日本人に贈る聖書ものがたり(文芸社文庫刊 全8巻)を読むととてもよく分かります。

zokuchokeiyaku messiah shokokumin