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あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。

紀元45〜50年のイスラエル

イエスの異父兄弟ヤコブ

あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。(ヤコブ1:5)

大きな決断しなければならないとき、あなたはどうしますか。自分には決定を下すだけの知恵がないと感じるとき、だれにアドバイスを求めるでしょうか。南北戦争(1861〜65年)時の米大統領、アブラハム・リンカーン(1809〜65年)は、ひざまずいて、神に導きを祈り求めました。リンカーンはこう書いています。

私は主の導きをたくさん経験している。私が何か自分の意志以外の力に左右されたことが、あまりにもたびたびあるので、私はこの力が神から来たものだということを疑わない。
 私が自分の取るべき道をはっきりと決定した瞬間、どういう理由でそう決めたのか分からないことがたびたびあった。全能の神が私にある事をするように、またはしないように望まれる時、神はそれを特別な方法で私に知らせてくださる。そのことに、私は大いに喜び感謝していた。神に相談している間に心が軽くなるのを感じる時、上からの道が示されるのだった

CD-ROM版 キリスト教例話集 Ver.4より

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ここでいう知恵というのは、ヘブル的にいうと「実際生活で正しいことを行うために必要とされるもの」です。そのような知恵を持っているなら、試練に勝利することができます。知恵に欠けた人がいるなら、知恵が与えられるように神に願えばよいのです。より正確には、願い続けるということです。神は、だれにでも惜しげもなく与えてくださる方ですから、この願いは必ず聞かれます。私たちの祈りは、祈ったとおりに聞かれる場合もあれば、そうでない場合もあります。しかし、この祈りは「必ず聞かれるという約束を伴った祈り」ですから、必ず聞かれます。

ただし、ヤコブは次に「少しも疑わずに、信じて願いなさい」(ヤコブ1:6)と言っています。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く海の大波のようです。海の水にはそれを安定させるような堅いものが入っていませんので、水平に、また垂直に揺れ動きます。疑う人もそれと同じで、左右に、また上下に揺さぶられます。神の知恵を求める者には、それにふさわしい信仰が求められます。しかし、その信仰があれば必ず聞かれる。聖書はそう約束しています。