主の日(しゅのひ)

(1)預言的には、ごく近い将来に起こる裁きの日を指す場合があります。オバデヤ書15〜16節にある「エドムの滅亡」の預言がそうです。

(2)一般的には終末論的に考え、主が来られる「世の終わりの日」と解釈します。

(3)旧約聖書では、それは神が罪を裁かれる日、人類にとっては耐えがたき日、として描かれています(エレミヤ書46:10、エゼキエル書7:19等参照)。

(4)新約聖書では、それは二つの意味で描かれています。不信者にとっては、神の怒りと裁きが下る恐ろしい日です(マタイ10:15、ローマ2:5、16、Ⅱペテロ3:7等参照)。信者にとっては、それは喜びと勝利の日となります。その日は、復活の日(ヨハネ6:39)、救いの完成の日(ピリピ1:6、10〜11)です。

出典:クレイ聖書解説コレクションテモテへの手紙第一・第二、テトスへの手紙、ピレモンへの手紙」